高槻市の2つのペテン
11月27日午後、大阪高裁でマイノリティ教育権訴訟の控訴棄却判決があった。それは地裁判決での市の裁量を認め、当事者達が受けていたマイノリティ教育支援を法的保護の対象とする利益とまではいえないと断定し、また多文化共生・マイノリティ教育事業が発展的に解消し、現在の国際理解教育事業となっているという市の主張をその中身も充分吟味しないまま丸受けした不当な内容に終始した。
高裁判決は市の裁量を過大に評価し、受益当事者である子ども達の利益を過小評価する内容だった。すなわち、現奥本高槻市長の市政以前に、当時の市や教育委員会が一定の評価をし、それを市の事業として位置付けていた。しかし奥本市長就任後、むくげの会を実行主体とした多文化共生教育事業の廃止・縮小が断続的に行われた。彼らは司法に対し、多文化共生教育事業を発展的に解消して国際理解教育事業を行っており、在日(韓国・朝鮮人)を対象とした多文化共生教育事業は時代的使命を終えたとのペテン的説明を行った。そして残念なことに、司法は現実を熟慮することなく無批判にそれ丸受けした判断を下したのである。
原告子ども達の保護者という当事者の立場から、この市の見解には2つの誤りを指摘する。これらは殆ど確信犯的でもあるので犯罪的と言っても良い。ひとつは以前の事業はマイノリティが主体となったものであり、外国籍やダブルルーツの子ども達が主人公となった教育事業であったのに対し、国際理解教育事業は学校教育の一環として全校生徒を対象とした総合学習や国際理解教育である点である。ここで市当局は行政サービス受益者のすげ替えを狡猾に行っていると断言せざるを得ない。また国際理解教育事業には外国人英語教師の招聘であるとか、恐らく以前の数倍もの予算が割り当てられている筈で、対象の異なる多文化共生教育事業とは全く別個の事業で、発展的解消とは到底考えられない。例えば来日間もない徒日の子供達には英語より先ず日本語の教育が最優先な事も今更指摘するまでもないだろう。
ふたつめは高槻市でも在日市民は横ばい(しかし、帰化市民は日本人にカウントされるため実質は減ったとはいえない)であるものの、ピンポイントでの支援が望ましい外国人、ダブルルーツの子ども達は増加を続け、彼らが地域子供会や学校子供会の主要なメンバーとなって久しい。多文化共生教育事業は彼らを加えてマイノリティ教育として発展させるべき事業なのだ。この現実をみれば「時代的使命を終えた」との市見解は全くの的外れである。またマイノリティの失う利益は行政の裁量内の利益だと判断されたが、ダブルのアイデンティティを持ちながら子供の成長を願う国際結婚当事者は趨勢として増加の一途を辿り、特に外国人比率の高い行政地域においては「子供会」をモデルとした施策が相次いで実施されている現実との距離は離れる一方だと感じる。
また高槻市当局の、マイノリティ教育支援活動を行う高槻むくげの会への風当たりも尋常ではない。この提訴に対しては活動拠点として長らく提供を受けていた中学校の空き教室からの立ち退き請求訴訟を受けている。今でも子ども達が出入りし、学習や識字等を行っている教室である。その半面で市は「NPOとの協働」というスローガンを打ち出している。
この子供会活動だが、行政の立ち退きの論拠は「対象となっていた在日当事者の減少」となっているが、実際のところ中国、フィリピン、南米などの多国籍当事者がその多数を占める状態となっており全くの現状無視なのである。そして多国籍、ダブルルーツの子供たちを主人公とした支援活動はきわめて公共性の高い活動となっており、まさに行政とNGOとが協働で行うべき活動ではないだろうか。耳障りの良いスローガンの反面、「むくげの会」が主体となった活動に対しては異常ともいえる潰しが断行されているのが今の奥本市政の実情である。最高裁においては先に述べた高槻市の2つのペテンをしっかりと踏まえた市民レベルでの国際化社会の進展に相応しい公正な判断を願って止みません。




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